ご挨拶

一つの出会いから

 

以前、長崎の教会で司牧をしていたとき、15歳の米国の少年が約一カ月教会でホーム・ステイをしていた。どうも、日本という国に興味を持ち始め、学校では日本語のクラスも受講していていたようだ。

15年前にシカゴという街で出会った家族の一人息子だが、最初に出会ったときには5歳の子供であった。その彼を日本の空港で久しぶりに出迎えた時、その成長ぶりには驚いた。一瞬、目を疑った。あの時の少年だろうかと・・・彼も私を見て、そう思ったかもしれない。とっさに次の聖書の言葉を思い出した、『わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。』(コリントの信徒への手紙一 3 6 7節)

少年は教会に住んで、ミサの時には、侍者としての奉仕もしているので、周りの人から「神学生ですか?」とよく聞かれ、少し戸惑っているようだ。

将来の希望を聞くと、心理学者になりたいと言っている。もし、彼の今の夢が実現するなら、ぜひ、人々の心を理解し、癒すことのできる人にさらに成長してくださるように祈っている。それでも人間は成長に応じて、いろいろな可能性や方向転換も出てくるだろうが、それでも何らの形で人々との関わりの中で自分の使命を果たしていただければ幸いなことだ。

所変われば、品変わるように現実に日本に住んでみると、いろいろな発見や戸惑いがあるようだ。それでもチャレンジ精神を持ってがんばっている。

両親は初めて、遠くまで一人息子を旅立させたようで、期待と不安と寂しさが一杯のようであり、最初のころは毎日のように電話してきた。息子は結構、日本での滞在を楽しんでいるようだが、親は気が気でならないらしい。

時折、電子メールにて彼の日本での生活ぶりを写真添付で送信するが、最近、彼の微笑みを見たことは珍しいと彼の両親はかなり喜んでいる。

 思春期の戸惑いや期待の中で、いろいろなものを今の感性をもってたくさん受け入れて欲しいと願っている。人間は比べて生きる生活に土台を置くのではなく、その人がその人らしく、生きていくことに意味があると思う。

 あのクラーク博士が言われたように「少年よキリストにあって大志を抱け!」(Boys ,be ambitious in Christ !) 彼の更なる成長に期待したい。出会いに感謝。『あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。』(フィリピの信徒への手紙 2 13節)

主任司祭 盛 克志